0. はじめに(スティーブン・クラッシェンの仮説と具体的な英語習得方法)

今まで難解単語を一つ一つ掘り下げる記事を書き続けていましたがもうやめます。消去はしません。難解単語を求めて毎日30人くらいこのブログを訪れてくれる人たちがいるからです。

なぜ、難解単語を一つずつ掘り下げるのを辞めてしまったか。スティーブン・クラッシェンを知ってしまったからです。 スティーブン・クラッシェンは第二言語習得の専門家です。彼の主張はいまだに議論されているのですが、端的に言うと、「言語習得はインプット」さえしていれば良い、ということです。「インプット仮説」ともいいます。

細かい話は後述しますが、TOEICに特化した学習は一切やらず、Youtubeで「夢中になって見れるインプット」を見続けていたら(言い換えるとCompelling Inputを見続けていたら)2023年9月にTOEICで975点取りました(カナダの大学を卒業しているのでいつもは大体900点前半でした)。満点ではありませんが、TOEIC最大の欠点もはっきり認識しました。それは「TOEICの英文がつまらない」ということです。リスニングにしろ、リーディングにしろ、「夢中になって」聴ける、読めるものでは全くないんです、TOEICは。

クラッシェンの効果を知ってしまった今、単語を一つ一つ掘り下げている場合ではないこともよくわかりました。 従って今後、「夢中になれるインプット」を紹介しながらそのインプット源でTOEIC900点レベル、英検1級レベルの単語を、意味を合わせて紹介していきます。

対象はTOEIC700点以上の人を想定しています。

ただその前に、クラッシェンの主張をまず紹介しておかなければいけませんね。まず、スティーブン・クラッシェン、トレイシー・テレル共著の「ナチュラル・アプローチのすすめ」で提示されている第二言語習得における仮説を紹介します。 その後に、彼のインプット仮説を活用した言語習得術を紹介します。

1. クラッシェンの学習ー習得仮説

この「ナチュラル・アプローチのすすめ」ではまず、クラッシェンは今までの言語学習を「language learning」としています。一方、彼のインプット仮説による「自然に表出してくる」言語は「learn」したものではなく「acquire」したものであるとして、この方法によって得られる言語は「言語習得」、「language acquisition」として、「learning」とは別のカテゴリーに位置付けました。

クラッシェンの「言語習得」と一般的な「言語学習」の差を「ナチュラルアプローチのすすめ」、30頁から引用します。

習得
子供の第1言語習得に類似
言語を拾い集めること
無意識的
潜在的知識
形式的教授が役に立たないこと

学習
言語の形式的知識
言語「について知る」こと
意識的
顕在的知識
形式的教授が役に立つこと

クラッシェンはこうも言っています:

The acquisition-learning hypothesis claims that adults can still acquire second languages, that the ability to “pick up” languages does not disappear at puberty, as some have claimed, but is still with us as adults.

和訳版:習得ー学習仮説は、成人になっても第2言語は習得できると考える。言語を「拾い集める(pick up)能力は思春期には消滅するという説もいままであったが、我々は、成人になってもその能力はあると考えるのである。

Natural Approach (p.26)、ナチュラルアプローチのすすめ(p.28)

要するに、思春期を超えていても、努力次第ではネイティブスピーカーにかなり近づくことができる、ということです。もちろん努力次第ですが。

そしてクラッシェンは講演会でこの「言語習得装置」(Language Acquisition Device)は何歳になっても閉じることがない、と言っています。素晴らしい話です。ここで反対意見もあることは重々承知しております。この「言語習得装置」に関しては下で更に掘り下げます。

2. クラッシェンのモニター仮説

上記の「学習」で得た英語の知識、言い換えると現在のほとんどの教育現場で実施されている英語教育で得られる英語の知識はエディター、もしくはモニターとして役立ちうるにすぎない」(ナチュラル・アプローチのすすめ p. 18)とクラッシェンは言い切ります。

ただ、このモニター、言い換えると「学習」側で得た知識、を使用するのは意味がない訳ではなく、このモニター能力にはレベルがあります。モニター過少使用者、モニター過剰使用者、モニターの適切な使用者(under-user、over-user、optimal user)です。クラッシェンが勧めるのはモニターの適切な使用者(optimal user)です。たとえばプレゼンの原稿を文法的に間違っていないか確認するような行動が適切なモニター機能です。

「この構文は従属節が・・・」なんて言いながらあまり英語をうまく喋られない人はモニター過剰使用者ですね。文法に関してはたっぷり「学習」しているわけです。まあ、文法的に正しい文章を書くのは上手なんでしょうけど。

クラッシェン自身、文法の研究で博士号を取っているので文法の勉強を否定はしないのですが、文法の勉強は難しいのだ、とアドバイスしています。「Studying grammar is not wrong, but it’s hard.」と講演会で言っているのをYoutubeで何度も見ました。

以上がモニター仮説ですが、クラッシェンの主張で一番大切なのはやはり次の「インプット仮説」です。

3. クラッシェンのインプット仮説

クラッシェンの第二言語習得に関する主張はラディカルであると批判されることが多いのですが、それはなぜかといったら、やはり理由はこの「インプット仮説」ではないでしょうか。

クラッシェンは言語習得においてアウトプットは必要ない、という立場をとっているんです。

要するにシャドーイング、音読、文章作成などのアウトプットが必要ない、ということです。

理解可能なインプット(comprehensible imput)を十分蓄えたら、学んでいる言語は「自然に表出してくる(emerge)」という主張を彼はしています。これをインプット仮説といいます。

原文はこれです(原文はsdkrashen.comで無料で読めます):

Spoken fluency in second languages is not taught directly. Rather, the ability to speak fluently and easily in a second language emerges by itself, after a sufficient amount of competence has been acquired through input.

和訳版:教えれば流暢に話せるというものではなく、第2言語ですらすら話せるようになる力は、インプットを通じて十分な能力を習得した後ではじめて自然に表出してくる(emerge)ものである。

Natural Approach (p.20)、ナチュラルアプローチのすすめ(p.20)

クラッシェンの言いたいことは「理解できるインプット」、「comprehensible imput」をひたすら続けていると、言語は表出してくる、ということです。

comprehensible imput」をひたすら続ける、といっても徐々に語彙も増やしていきます。「自分が分かる範囲」プラス「少しわからない言葉」をひたすらインプットする、という意味での「comprehensible imput」です。クラッシェンはこれを「i + 1」(アイプラスワン)と言っています。

そして、この自分のレベルを若干上回るインプット源をひたすら聴く、読む、という行為をつづけていれば習得した言語が表出する、というのがクラッシェンの主張です。

語学のレベルが上がってきたらインプット源が自分にとって「楽しい」、「面白い」、「夢中になれる」もの、言い換えると「Compelling Input」でなければならない、というのもクラッシェンの主張です。

ここまで書いたことを実践していけば、言語能力が「表出する」わけですが、なぜそんなことが可能なんでしょう。その理由は1の学習ー習得仮説に戻るのですが、「言語習得装置」(Language Acquisition Device)が我々には備わっているから、ではないでしょうか。

そんな「装置」は備わっていない!と批判する人も多いと思います。ただ、ここで考えてほしいのが上述した「言語習得」は「子供の第1言語習得に類似」する、という特徴です。日本語を母語とする人はどのようにして日本語を覚えたのでしょうか。「日本語を日本語として覚えた」のではないでしょうか。

日本語の母語話者の大半は「見落とす」、「見逃す」、「見過ごす」の差を聞かれても「意識的に」すぐ答えることはできないと思います。しかし、状況に応じて「見落とす」、「見逃す」、「見過ごす」を普段の生活で使い分けているのではないでしょうか。

なぜこんなことができるかというと、言語の知識とは多分に無意識的だからではないでしょうか。この言語の知識の総体を「スキーマ」と呼ぶのですが、この「スキーマ」に関しては再度、下記の「6. スキーマ」で更に掘り下げます。

もう一つ言わせてください。10人以上の多言語話者(Polyglot)の話をYoutubeで聴いてみて分かったのですが、5カ国語以上話せるような人たちは全てクラッシェンの仮説を実践した人たちでした。

通常の「言語学習」で5カ国語話せるようになるには途方もない時間とお金がかかると思いますが、「言語習得装置」がすでに備わっている、と考えれば数カ国語を「習得する」のは難しくないのではないでしょうか。もちろん、個人のモチベーションと努力に依る部分が大きいですが。

4. クラッシェンの情意フィルター仮説

クラッシェンは他にも「情意フィルターを低く」する、言い換えると学習者がリラックスした状態で言語習得(language acquisition)を学ぶ必要性も説いています。

他の学生たちの前で文章を音読させる(言い換えるとアウトプットさせる)、なんて行為はクラッシェンにしてみれば情意フィルター上げまくりの行為です。あくまでも学んでいる人が「アウトプット」する用意ができた、とリラックスした状態で思えるようになったらアウトプットすればいいんです。クラスで毎回喋らなければいけない、という状態に身を置く必要はない、というのがクラッシェンの仮説です。

この情意フィルターを低くする、というのはリラックスした状態だけではなく、インプット源が「楽しい」、「面白い」、「夢中になれる」ものであるべきだ、というクラッシェンの主張にもつながります。

5. 自然順序仮説

クラッシェンは他にも「自然順序仮説」という仮説も紹介しています。

クラッシェンが「ナチュラルアプローチのすすめ」で述べているのは、英語の母語話者は「He is going to work」のようなbe動詞+~ingは三人称単数現在よりも早く習得する傾向があり、第二言語習得者にもこの「自然順序」が見られる、ということです。

要するに言語習得には普遍的な順序がありそうだ、ということを文法の観点から述べているだけで、TOEIC700点に達している人にはあまり関係のない話だと思っていました。

ところが、Audibleで「Harry Potter and the Philosopher’s Stone」をCompelling Inputのインプット源として聴いていてはっきりと気づきました。

それは、TOEICやTOEFLなどの学習をする、ということは大学や会社で使用される英語を急に学ぶようなもので、自然の言語習得の順序を無視している、ということです。

なので、私はここで「自然順序仮説」を文法だけに縛られず考えたいです。広げさせてください。

私の母国語は日本語です。最初は親の話やテレビを受け身に聞いているだけでした。そして、その次は自らアニメやお笑い番組を選ぶようになり、映画も観るようになってから小説の世界にはいり、様々な本を読むようになりました。この「様々な本を読む段階」で大学、会社で使用される日本語のレベルに私は達したのだと思います。

自らが進んで選んだアニメを観たり、漫画を読んだり、映画を観たりした段階を置き去りにして、わざわざ難解な英語を「意識的に学習」する行為が「TOEICやTOEFLで使用される英語を学ぶ」、ということではないでしょうか。

置き去りにしてしまった部分がHarry Potterから始まるか、より単純な絵本から始まるのか、それは人それぞれだと思いますが、自分にとって一番しっくりくる部分から英語の「習得」を開始するのが一番だと私は思います。

6. スキーマ

「ナチュラルアプローチのすすめ」からは以上です。

ただ、ここまで読んで納得できない人も多いと思います。

習得」とは「子供の第1言語習得に類似」していて、「言語を拾い集め」ていれば「無意識的」に「潜在的知識」が広がっていき、そして、この方法を採ればターゲット言語は「表出」する、と言われても「?」な人は多いと思います。

知り合いの何人かにクラッシェンの仮説を教えたのですが、全然ピンと来ない人もいました。

ピンとこない方のために、ここでもう一冊の本を紹介させてください。

今井むつみさんの著書である「英語独習法」です。この本で最も重要な概念、「スキーマ」を知ることで多少ピンとくるかもしれません。今井さん自身は、クラッシェンの仮説を支持していませんが、今井さんが紹介している「スキーマ」がクラッシェンの仮説の理解を促進してくれるような気が私はするのでここで紹介します。

少し長めですが、引用します:

本書でもっとも大事な概念である「スキーマ」について、ここで紹介しよう。スキーマというのは認知心理学の鍵概念で、一言でいえば、ある事柄についての枠組みとなる知識である。

スキーマは「知識のシステム」というべきものだが、多くの場合、もっていることを意識することすらできない。母語についてもっている知識もスキーマの人るで、ほとんどが意識されない。意識にのぼらずに、言語を使うときに勝手にアクセスし、使ってしまう。子どもや外国の人がヘンなことばの使いかたをすれば、大人の母語話者はすぐにヘンだとわかる。しかし、自分がなぜそれをヘンだと思うのか・・・・・・・・・・・・・、わからない。母語のことばの意味を説明してくださいと言われたときに、ことばで説明できる知識は、じつは氷山の一角で、ほとんどの知識は言語化できない。これは、自転車に乗れても、脳にどのような情報が記憶されているから自転車に乗れるのかが私たちには説明できないのと同じことだ。

大切な事なので繰り返すが、「使えることばの知識」、つまりことばについてのスキーマは、氷山の水面下にある、非常に複雑で豊かな知識のシステムである。スキーマは、ほとんど言語化できず、無意識にアクセスされる。

英語独習法p.27

スキーマとは常に機能している、体にも埋め込まれた言葉の知識の総体のようなものだ、と私は理解しました。この言葉の知識の総体を今井むつみさんは氷山に例えています。普段、言語を使用しているときは水面上の氷山の一角でコミュニケーションをしているのですが、水面下の氷山も常に機能しています。

この本の帯にあるこれです:

Amazon.jpの画像

もう少しスキーマを実感してもらうために具体的な例を挙げましょう。今井さんは「触れる」と「触る」の使用例を挙げています。日本語を母国語としている人であれば、「べたべた触る」と聞いても違和感を覚えませんが、「べたべた触れる」と聞いたときに違和感を覚えます。なぜかといえば「触れる」と「触る」の違いが無意識に分かっているからです(p.45)。

外国の人に日本語を教えている人でなければ、『「触れる」と「触る」の意味の差はなんですか?』と聞かれてもすぐには答えられません。しかし、よく考えれば「触る」というのは物理的なものを意図的に触ろうとして「触る」と説明できます。「触れる」はたとえば「本題に入る前に○○について触れておきましょう」などのように抽象的な事柄に若干の説明を加える時や、実際に触る行為であっても「触る」よりも「触れる」の方が、意図性が低いとよく考えれば説明できます。

よく考えれば「触る」と「触れる」の説明は出来るが、「べたべた触れる」という表現には一瞬で違和感を覚えることができる。なぜか。これが意識されることはないが、常に機能している「スキーマ」の能力です。

上述しましたが、日本語の母語話者の大半は「見落とす」、「見逃す」、「見過ごす」の差を聞かれても「意識的に」すぐ答えることはできないと思います。しかし、状況に応じて「見落とす」、「見逃す」、「見過ごす」を普段の生活で使い分けているのではないでしょうか。「メールを見落として発注が遅れた」、「昨日の最終回を見逃した」、「盛土の危険を見過ごした行政の責任は重い」、とうまいこと使い分けることができるのは「見落とす」、「見逃す」、「見過ごす」が「無意識に」、言い換えると氷山の水面下に備わっているからです。

そして、我々はこのスキーマの構造を持って生まれた、ということも出来ます。チョムスキー的に言えば、人間には言語習得能力が生得的に備わっている、ということです。上述の言語習得装置とも重なります。この場合は母語の場合を言っているのですが。

ここでクラッシェンの仮説に戻ります(余談ですが、チョムスキーはクラッシェンの友人でもあります)。クラッシェン的に言語を習得する、ということはターゲット言語のスキーマを作ること、ということではないでしょうか。生得的に備わっている言語習得装置を他言語にも活用しよう、というのがクラッシェンの仮説である、と解釈することもできます。

このブログは英語をメインに考えるので、英語のスキーマを作り上げるとはどういうことでしょう。英語のスキーマを作り上げたらかなりネイティブスピーカーに近づくと思うのですが、英語を母語とする人たちのスキーマは英語に対してどんな反応をするのでしょうか。

今井むつみさんの「英語独習法」の中で大変興味深い、ある認知心理学の実験を紹介しています。

この実験で、被験者に自動車が電柱にぶつかり損傷してしまう動画を見せます(もちろん被験者は英語のネイティブスピーカーです)。自動車の前面は損傷してしまうのですが、ヘッドライトは無事でした。この動画を観た後に、被験者の半分に「Did you see a broken headlight?」と質問し、残りの半分には「Did you see the broken headlight?」質問しました。後者の「Did you see the broken headlight?」の聞かれた人の多くが「壊れたヘッドライトを見た」と答えました。

今井さんは言います:

スキーマは、単に「定まったものにはthe、定まっていないものにはa」ということばで表現されるルールとは違う。それぞれの状況で瞬時に身体が反応するような、身体に埋め込まれた意味のシステムなのである。

この例によってスキーマとは何かが少しイメージしやすくなっただろうか?

英語独習法p.38

意識的な努力で「a」と「the」の違いに対して上述の実験のような反応ができるようになるでしょうか。無理だと思います。このような反応ができるレベルに近づくためには大量のインプットを続けて「無意識的」に「潜在的知識」を広げなければならないのではないでしょうか。

言い換えればインプットを続けて英語のスキーマを作り上げていくしかネイティブスピーカーに近づく方法は無いのではないでしょうか。

長々と書きましたが、それではこのクラッシェンの方法を具体的に英語習得につなげるにはどうすればいいのか。

ここからはTatsumotoというサイトを参考にします。このサイトは英語話者が日本語をクラッシェンの説に従ってどのように習得していくかを教えているサイトなのですが、ターゲット言語を英語に変えたらそのまま活用できます。興味がある方はリンクから飛んでみてください。

Tatsumotoは別名All Japanese All the Time(略してAJATT)とも言い、英語を母語話者とする人が日本語習得をどのように具体的に日々の生活の中に取り込んでいくか説明してくれています。このサイトを参考に英語習得の方法を紹介します。私もここで紹介されている語学習得方法を採用しています。

7. アクティブイマ―ジョン(Active Immersion)

comprehensible imput」を能動的に、集中してひたすら続ける行為をアクティブイマ―ジョン(active immersion)といいます。「immersion」は「浸すこと、熱中、没頭」という意味ですね(Weblio)。

このアクティブイマ―ジョンが言語習得では最も大切です。そして、「アクティブ(active)」に、「イマース(immerse)」するにはインプット源が「面白い」、「興味がある」、「好き」なものでなければイマ―ジョンし続けるのは困難であることはすぐにわかりますよね。

それと、自分の英語レベルをはるかに上回るインプット源であっても集中が続きません。TOEIC600点の人がハーバード大学の心理学の講義を聴いても何も頭に入ってこないのではないのでしょうか。もちろん、分からない単語を一語一語調べたら内容が理解できるようになるのでしょうが、そんなことをしていたらモチベーションが下がって最後まで講義を聴くことはできません。

TOEICの点数が500~600点であれば、ディズニーのアニメなんかが良いインプット源になるのではないでしょうか。ここで大事なのは、上述したように、「自分が分かる範囲」プラス「少しわからない言葉」をひたすらインプットすることです。クラッシェンはこれを「i + 1」(アイプラスワン)と言っています。そしてその行為を能動的に、集中して続けるのがアクティブイマ―ジョンです。

この際、分からない単語とその意味を記憶することも重要です。この単語の記憶に関しては後述します。

ここで大事なことは、「TOEIC、TOEFL、英検の参考書を学ばない」、ということです。ラディカルに聞こえるかもしれません。しかし、私自身がアクティブイマ―ジョンを続けてみて得た実感からもっとラディカルに言わせてください。「TOEIC、TOEFL、英検の参考書を学ぶべきではない」、いや最近では「TOEIC、TOEFL、英検の参考書を学ぶのは有害だ」とさえ私は思っています。

なぜでしょう。なぜなら「TOEIC、TOEFL、英検の英文はつまらないから」です。

そして上述の自然順序仮説からも批判できます。楽しく習得できる言語習得の段階をスキップしてわざわざ難解な英語を「意識的に学習」する行為が「TOEICやTOEFLで使用される英語を学ぶ」だからこそ、「TOEIC、TOEFL、英検の参考書を学ぶべきではない」んです。

例えばTOEICの長文読解の問題を楽しんで読んだことがありますか?TOEFLの長文読解では若干楽しめる文章もありますが、それにしても断片的な文章です。TOEIC、TOEFL、英検の参考書を学ぶのをやめた方が良い理由は「TOEIC、TOEFL、英検の参考書を学ぶのはCompelling Inputにならない」からです。目指すのはあくまで「習得」であって「学習」ではないんです。

「面白い」、「楽しい」、「興味がある」インプット源になるべく長く浸る、immerseするのが一番大事です。

8. パッシブイマージョン(Passive Immersion)

アクティブイマ―ジョンで聴き終えたインプット源はもう二度と聴く必要はないのでしょうか。

いいえ、既に聴き終えたインプット源はパッシブイマージョン(passive immersion)に使えます。

パッシブというのは受動的という意味ですが、これは家事、例えば掃除、洗濯、炊事などをしていてインプット源に集中できない間も既に聴き終えたインプット源を流すのをパッシブイマージョンといいます。

このパッシブイマージョンで重要なのは「英語に浸っている時間をとにかく長くする」ということです。料理をしなければいけない、だからインプット源に集中できない、となってしまうと思いますが、料理している間も英語が流れる環境に常に身を置く、という状況を意図的に作っていくのがパッシブイマージョンです。

ただ、ここで一番強調しておかなければいけないことは、アクティブイマ―ジョンが一番大事、ということです。アクティブイマ―ジョンをしないでパッシブイマージョンさえしていれば英語を習得できる、ということはありません。聞き流していれば英語を話せるようになる、というようなことは決してありません。理解できるインプット、Comprehensible Inputであることが重要です。

昔、枕から英語が流れてきて、その枕で寝ていれば英語を自然に覚えられる、と謳って売られていた枕がありました。もちろん、そんなことはあり得ないのですが、一度アクティブイマ―ジョンで聴き終えたインプット源を寝ている間にも流すのであれば、多少の意味はあると思います。あくまでアクティブイマ―ジョンが大前提ですが。あと、これは一人で寝る人だけができる行為ですね。

9. イマ―ジョンを一日に何時間すべきか

一日に何時間イマ―ジョンをすべきか。これは結論から言うと「なるべく長く」です。一日にできる英語学習は2時間が限界、という人は、その2時間をアクティブイマ―ジョンにあてるべきです。そして、アクティブイマ―ジョンが終わって家事をしなければいけないのであれば、その家事をしている間に一度(二度でも三度でもいいのですが)アクティブイマ―ジョンで聴いたインプット源を流しましょう。

10. 単語を記憶するための「間隔をあけた反復」、「Spaced Repetition」

様々なインプット源を聴いていれば、おのずと覚えておかなければいけない単語が増えていきます。そして単語の意味を読み返さないと忘却曲線に従って忘れてしまいます。忘却曲線とはこれです(Wikipediaから引用します):


ある単語を一度学んでその後見直すことがなかった場合、その単語の記憶は上図の赤線のようにだだ下がりして6日目にはほぼその単語の記憶はほぼゼロになってしまうことが分かります。

しかし、一日後にもう一度、二日後にもう一度、三日後にもう一度、と見直せば緑線の下がり方が緩やかになっていきます。

効率よく英語を習得するために、間隔をあけて反復するシステム(Spaced Repetition System、SRS)を手に入れましょう。

このSpaced Repetition System、SRSを手伝ってくれるフラッシュカードを手に入れましょう。

インターネットには様々なフラッシュカードがあります。なので、どのフラッシュカードを使うかは使う人次第、ということになるかと思います。

もちろん、昔ながらの単語帳に手書きで書くのが好き、という人もいるかもしれませんが、やはりパソコンやスマホで手軽に使える方が良いと思います。

無料フラッシュカード作成アプリ&フリーソフト10選|PCおすすめ単語帳・暗記帳自作メーカーというブログでも色々探せます。

Anki Cardというフラッシュカードも色々なところで褒められています。稲垣達也さんという方のブログでこのAnki Cardがどれだけ素晴らしいか、と熱を込めて説明してくれています。

私はこのブログで様々なインプット源を紹介していくので、エクセルを使用していきます。インプット源ごとにシートを作成して英語の列と日本語の列を作成する、という方法を取っていきます。この方法の方が自分に合っている、と思った方はその方法を採用すればいいと思います。

エクセルをインポートしてくれる機能を持ったフラッシュカードも存在します。

11. 何にimmerseするのか

聴いて聴いて聴きまくる、のが良いイマ―ジョンになると私は思っていたのですが、洋書を読む方が良いインプット源だ、という人もいるかもしれません。考えてみると、「読書をする」という行為が最も「自発的」な行為ですよね、「聞く」という行為よりも。普段から読書癖がある人は洋書の読書から入っていくのもいいのかもしれません。

なんにせよインプット源は、「ネイティブスピーカーがネイティブスピーカーに対して作ったコンテンツ」でなければなりません。要するにインプット源は「英語学習者に対して作られた参考書ではない」、ということです。

インプット源は自分のレベルに合っているものを選びましょう。自分のレベルに合わせたインプット源を選ぶ重要性をクラッシェンはこんな例文で教えてくれます。

(次の例文の「flangel」は意味を持たない言葉です。そして「swoop」は「舞い降りる、急降下する」、「snatch」は「強引にひったくる、ひっつかむ」という意味です。)

Suddenly the flangel swooped out of the sky and snatched an unsuspecting spider monkey from the midst of his companions.

The Natural Approach (p.132)

この例文にある「flangel」の意味が分からなくても、「空から急に舞い降りてきてスパイダーモンキーをひっつかめる何か」、が「flangel」なのだとわかります。

全ての単語が分かるわけではないけれど大体想像がつくコンテンツ」、が自分のレベルに合ったインプット源です。クラッシェンの言葉を借りると、「i + 1」(アイプラスワン)です。

コンテンツが自分のレベルをはるかに超えていたらどうなるでしょう。それはこんな文章を読んでいるような状態です。

Suddenly the flangel gleeped out of the simmel and snatched an unsuspecting brill from the midst of his fribbeling companions.

The Natural Approach (p.132)

この例文の「gleep」、「simmel」、「brill」、「fribbeling」は意味を持たない言葉なのですが、自分のレベルをはるかに超えた文章を読むのは上記のような文章を読むようなものです。そんなコンテンツは到底読める、聴けるコンテンツではありません。

従って、TOEICの点数が400~500点の人にはYoutubeの絵本読み聞かせ(Youtubeで「children’s books read aloud」と検索すれば沢山出てきます)や、ディズニーのアニメなどから始めたらいいのではないでしょうか。

TOEICの点数が700点を超えているのならば、Netflixのドラマや英語のポッドキャストが良いと思います。

自分のレベルに合ったコンテンツであれば何でもいいのですが、ここで大切なのは「日本語の字幕を表示しない」ということです。表示するのは「英語の字幕」にしましょう。

そして目指すのは「英語の字幕も表示しない状態で聴ける」ようになることです。

聴いて聴いて聴きまくったら洋書を読むのもありかもしれません。ただ、読書って一番自発的ではあるものの、する人はするし、しない人はしないですよね。TOEICの点数が高得点で、いつも本を読む習慣がある人は洋書にチャレンジしたらいいと思います。AmazonのAudibleで購入して洋書を聴くのもいいですね。

12. とりあえず3か月はアクティブイマ―ジョンを試してみて!

長々と書いてきましたが、毎日DUOやハノン、黒のフレーズなどを学んできた人はこの習得方法を読んで、今までの努力を否定されたよう気になる人も多いと思います。確かに参考書を学んだ後は明らかに学んだ感覚があります。シャドーイングも口に出している英語の発音が良くなっていくのが明確に、「意識的に」わかります。私自身、音読で発音が良くなる効果を感じたことがありますが、クラッシェンはこう言います:

The ability to speak a language is a result of getting language acquisition, not its cause.

Stephen Krashen on Language Acquisition Part 1 of 2

日本語の母語話者は音読やシャドーイングで日本語を覚えたのでしょうか。違いますよね。

我々の日本語習得方法は多分に「無意識的」だったのではないでしょうか。この無意識的な言語習得方法を英語習得に採用するために、クラッシェンの仮説と活用方法を採用しましょう。

TOEICやTOEFL、英検の参考書を学んでいる人にはコペルニクス的転回を迫ることになります。受け入れがたい、と思う人も多いと思います。ただ、受け入れられない人も「3か月だけ試す」というのはどうでしょう。

私自身の体験として、1日2時間程度のイマ―ジョンを3か月することによって、言葉を「拾い集める」「pick upする」能力が劇的に伸びました。分からない単語も「pick up」できるようになってくるんです。

私は今後、ハリーポッターやポッドキャストのThe Joe Rogan Experienceなどのインプット源を紹介していくのですが、自分で良いインプット源を見つけた人は「このブログも不必要」です。これは仕方がありません。私と読者の好みは違うんですから。

最後にこのクラッシェン的な習得方法の良さについてもう一つ言わせてください。それは「あまりお金がかからない」ということです。矢野経済研究所の調べによると、2022年度の「語学ビジネス市場」の規模は7,800億円(!)もあるそうです。Youtubeやポッドキャストでイマ―ジョンするのはお金がかからないですよね。Netflixも月2000円もかかりません。クラッシェンの仮説が浸透しないのはこの市場規模のせいではないか、といぶかしんでいるのは私だけではないはずです。

英語習得のために留学する必要もありません。英語の基本をすでに知っているのであれば語学学校に行く必要もありません。参考書にお金を使う必要もありません。

Comprehensible Inputを徐々に増やし、Compelling InputにImmerseして英語を習得しましょう!

余談

クラッシェン自身は「ナチュラルアプローチのすすめ」を頻繁に「不眠症を治す本」と紹介しているので、退屈な本だと自認しているのでしょう。

確かにこの本を読み切るのは辛かったのですが、所々に重要なことが書かれている、と私は感じました。

ただ、小学生や中学生などの英語の初心者に英語を教えている人たちは「ナチュラルアプローチのすすめ」を絶対に全て読み切るべきです。

一応「ナチュラルアプローチのすすめ」のリンクを貼っておきます。

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